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サッカー日本代表の十傑を考えてみました!カズ、ヒデ、本田!そしてベルリンの奇跡!【動画あり】



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先日、サッカー専門のYouTubeチャンネル「蹴球メガネーズ」にて、元日本代表の名波浩さんや同じく元日本代表の水沼貴史さん、そして人気サッカー雑誌の元編集長のお二人がサッカー日本代表の十傑を選定していたのを見て、自分でもやってみようかなと思いましたのでやってみました!

 

サッカー日本代表の十傑を考えてみました!カズ、ヒデ、本田!そしてベルリンの奇跡!【動画あり】

 

第1位 釜本邦茂(かまもとくにしげ)

それでも俺にパスを出せ サッカー日本代表に欠けているたったひとつのこと

 

第1位に選ばしていただいたのは、メキシコ五輪で銅メダルを獲得し、当時の日本サッカーの中で世界トップレベルの選手として初めて認知されたストライカー「釜本邦茂」さんです。日本代表での得点数は歴代トップ。今も伝説とされる選手でした。

 

当時のオリンピックは現在のオリンピックのように年齢制限はなく、ワールドカップと同格の大会でした(女子サッカーと同じように考えてもらえたら)。なので、オリンピックの3位というのはワールドカップで3位を取ることと同じくらいすごいことで、その中心選手が釜本さんでした。

 

強靭なフィジカルと強烈なキック力を武器に世界のプレイヤーと渡り合っていました。当時、カンプノウで行われたFCバルセロナ対世界選抜のメンバーに選ばれたといえば、そのすごさが良くわかると思います。引退試合にもサッカーの神様と言われたペレが参加するなど、今でいうメッシとクリスティアーノ・ロナウドがやってくるようなイメージですね。

 

世界選抜に選ばれた実際の試合映像


【ダイヤモンドサッカー】1980 バルセロナ vs 世界選抜【釜本&ハリルホジッチ出場】

釜本選手のゴール集


【釜本】ゴール集+α【Kamamoto】

 

 

第2位 三浦知良(みうらかずよし)

KAZU―十五の旅立ち 三浦知良物語

 

Jリーグ創生期の大スターであり、90年代に最高リーグと言われていたイタリアセリエAで初めての日本人選手となった「三浦知良」選手。そう、キングカズです。日本代表での得点数は釜本さんに次ぐ2位。記憶にも記録にも残る名選手です。

 

日本代表でのインパクトもとても残っていて、大切な試合で決めてくれる選手というイメージが大きいですね。そして、カズ選手と言えば98年フランスワールドカップでまさかの落選。あのときの衝撃はものすごいものがありました。

 

50歳を越えて、現在も現役を続ける姿にとても勇気をもらえていますね!

 

カズ選手のゴール集


キングカズの全盛期のキレキレっぷりがよくわかる動画|三浦知良スーパーゴール&プレー集 Kazuyoshi MIURA - The Real NO.11

 

 

第3位 中田英寿(なかたひでとし)

中田英寿 誇り (幻冬舎文庫)

 

90年代末から2000年代の日本サッカーを代表し、世界レベルのフィジカル・パススピードを併せ持った司令塔「中田英寿」さん。通称、ヒデ選手。強烈な個性でその後の日本人選手に大きな影響を与えました。

 

イタリア・セリエAのASローマで優勝を経験。日本代表としては2002年の日韓ワールドカップで中心選手としてベスト16進出に貢献し、結果を残しました。

 

ヒデ選手はヨーロッパ選抜と世界選抜の試合にもメンバーとして選ばれた経験もあったり、サッカーの神様ペレが選んだ偉大な100人の選手にも日本人選手で唯一選ばれました。そして、2006年ワールドカップ後に29歳での引退発表。当時、とても衝撃的なニュースとして取り上げられました。

世界選抜とヨーロッパ選抜の試合


サッカー【世界選抜vsヨーロッパ選抜】中田英寿!ジダン!ロナウジーニョ!ベッカム!

 

 

第4位 本田圭佑(ほんだけいすけ)

本田圭佑―蒼きSAMURAIワールドカップをめざせ!

 

ワールドカップで2度のベスト16。そして個人としては3大会連続のゴール&アシストを記録した2010年代を代表する司令塔「本田圭佑」選手。強靭なフィジカルを武器に味方を使うサッカーで一世を風靡しました。

 

2013年のコンフェデレーションズカップの日本代表は今でも史上最強だったと思っています。世界の強豪、オランダ・イタリアを相手に攻撃的に渡り合えた本気の大会は他になかったと思います。2014年のワールドカップは残念でしたが、一番夢を観れた代表チームでした。

 

2013年コンフェデレーションズカップ


【夢見たあの日】日本代表 イタリアとの大善戦に世界中が熱狂 コンフェデレーションズカップ2013

 

 

第5位 中山雅史(なかやままさし)

魂の在処

 

魂のストライカーと言われ、当時の日本代表でも三浦知良選手とともにチームを支えたストライカー「中山雅史」さん。98年ワールドカップで日本のワールドカップ初ゴールを記録し、世界と戦う第一歩を踏み出したきっかけとなった選手です。

 

2002年ワールドカップでは、落選した中村俊輔選手の代わりに背番号10を付け、ベテランとしてチームを鼓舞し、試合では結果を出せませんでしたが、精神的な柱となってチームを支えました。

 

ワールドカップ初ゴール


[サッカー JP] 【歴史的】中山雅史が決めた日本代表のW杯初ゴール

 

 

 

第6位 ラモス瑠偉(らもするい)

ラモスの黙示録

 

ブラジルから帰化し、日本代表の10番として活躍した名選手「ラモス瑠偉」さん。ブラジル仕込みの抜群のテクニックはもちろん、闘将としてチームを鼓舞し日本サッカーを支えてくれました。

 

ドーハの悲劇のときのしゃがんだ姿も印象的でしたし、あの試合は本当に衝撃的でしたね。

 

ドーハの悲劇


1993.10.28 【ドーハの悲劇】ノーカット

 

 

 

第7位 川口能活(かわぐちよしかつ)

壁を超える (角川新書)

 

日本を代表するサッカー選手は?と聞かれたら楢崎正剛さん、川島永嗣選手を上げる人も多いと思いますが、私にとっては「川口能活」さんです。

 

96年のアトランタオリンピックでブラジル代表をはじめて破った「マイアミの奇跡」をはじめ、2004年アジアカップのヨルダン戦での神がかりてきなPKセーブ等、日本サッカーで一番光を感じたゴールキーパーは「川口能活」さんだと思います。

 

日本のGKも海外で戦えるぞ!ということを示した大切な存在でもあったと思います。この道を現在もフランスのリーグ・アンで活躍する川島永嗣選手が受け継いで、中村航輔選手、シュミット・ダニエル選手が続いているのだと思います。

 

アジアカップ、伝説のPK戦


アジアカップ2004 準々決勝 日本対ヨルダン PK戦 重慶の奇蹟

 

 

 

第8位 松永行(まつながあきら)

ベルリンの奇跡 日本サッカー煌きの一瞬

 

まだサッカーが一般的でなかった時代。初参加のオリンピックで超強豪スウェーデン代表を破ったときに逆転ゴールを決めた「松永行(まつながあきら)」さん。

 

当時の日本代表はサッカー超後進国。対するスウェーデン代表は今のドイツ代表やスペイン代表などのようなサッカー超強豪国でした。そんなスウェーデンを0-2から3ー2と大逆転し「ベルリンの奇跡」と呼ばれました。その試合はなんと、日本の勝利を祝福したベルリンの観客が6000人もなだれ込んだらしいです。「美しく正々堂々とした戦いだった。日本の戦いぶりが歓喜を呼んだのだ」と言われた試合でした。

 

松永さんは残念ながら、第二次世界大戦中のガダルカナル島にて戦死をしてしまいましたが、ベルリン五輪で松永さんが着用したユニフォームが現在も最古の代表ユニフォームとして日本サッカーミュージアムに保管されています。

 

ベルリンの奇跡についての記録ビデオ


Berlin Part1

 

 

第9位 奥寺康彦(おくでらよしひこ)

「我が道」奥寺康彦

 

日本サッカー初のプロサッカー選手であり、ヨーロッパで初めて通用した日本人、東洋のコンピュータと呼ばれた名ウイング「奥寺康彦(おくでらよしひこ)」さん。

 

UEFAチャンピオンズカップ(現UEFAチャンピオンズリーグ)でのアジア人初のゴールを記録したり、ブンデスリーガでの最多出場記録も元日本代表MF長谷部誠選手が超えるまで記録保持者でした。

 

ただ当時の日本代表では今のように飛行機移動が当たり前の時代ではなかったために、プロ選手と活動する間は日本代表から離れることになったために、日本へ復帰するまでは活動することはなかった。しかし、ヨーロッパでしっかりとプレーした初めてのプロサッカー選手として挙げないわけにもいかないと思い、9位とさせていただきました。

 

チャンピオンズカップの得点


【Legend】奥寺康彦 CL準決勝での鮮烈な同点ゴール! Yasuhiko Okudera Goals【ハイライト】

 

 

第10位 中村俊輔(なかむらしゅんすけ)

中村俊輔 サッカー覚書

 

日本代表史上一番10番が似合う選手であり、世界的なフリーキックの名手「中村俊輔(なかむらしゅんすけ)」選手。

 

10番が史上一番似合う選手であったのですが、ワールドカップにはどうにも縁がありませんでした。2002年日韓ワールドカップでは最後に落選。2006年ドイツワールドカップでは中心選手として活躍する一方、体調が万全ではなかったそうです。そして、2010年南アフリカワールドカップでは直前にスタメンから外され、ベスト16には入りましたが満足のいく活躍をすることはできませんでした。

 

その後は代表を引退。しかし、現役としては今年も横浜FCで10番を再び身に着けて続けています。長く日本の10番として日本サッカーの人気を支えた敬意をこめて、今回は10位で選出させていただきました。

 

中村俊輔の全ゴール


中村俊輔 日本代表(A代表)全24ゴール

 

 

最後に

いかがでしたでしょうか。これが32歳の私が選んだサッカー日本代表の十傑となります。今回は結構、素人ながらの印象重視で選出させていただきましたが、おそらく皆さんの中にいる10人も異なるものになると思います。

 

良かったら、この記事をきっかけに自分の十傑を選ぶきっかけになっていただけたら嬉しいです。今回はこの辺で!また、明日もよろしくお願いいたします。